今月の法話

正善寺だより「聞・聞・聞」第81号より

癒し(いやし)

最近「癒し」という言葉が街にあふれています。
癒しのための音楽、香りの癒し、たれぱんだ等の  癒しグッズ、果ては、癒し系アイドルに癒し系女優・・・。 癒し癒し、とことさら言われるのは、みんながそれだけ癒されていない、癒しに飢えているというこ との裏返しなのでしょうか。
第44回全国児童生徒作品展で本願寺賞特選になった「わたしの友だち」という作文があります。松 音寺日校に通う小学校三年生の井上弓子ちゃんの作文です。
弓子ちゃんには、ひろかちゃんという保育園の頃からの仲良しの友だちがいます。けれども学校でひ ろかちゃんと遊んでいると時々、他の友だちが横から入ってきて「弓子ちゃんはあっちへ行って」と仲 間外れをします。それで弓子ちゃんは悲しい思いをする時があるのです。以下は弓子ちゃんの作文の一 部です。
お家に帰っておやつを食べていたらお母さんが、「今日学校はどうだった?」とたずねました。そ してお友達とのことを話しました。お話を聞いてくれたお母さんは、しばらくだまっていて、「小 さくなって弓子の洋服のポケットの中に入ってついていってあげたい」といいました。お母さんは わたしのことをいつも考えていてくれます。小さなお母さんがポケットに入っていれば、さみしい 時、くやしい時、うれしい時、なんでも話せるなぁと思いました。そしたら何だかとってもうれし い気もちになってきました。

癒し

土曜日に、金子みすずさんの音楽と詩をお母さんと二人で聞きに行き ました。その時心にのこった詩が一つあります。
私がさびしいときに、お友だちは笑ふの。
私がさびしいときに、お母さんはやさしいの。
私がさびしいときに、仏様はさびしいの。

  わたしは、金子みすずさんがすきになりました。わたしと同じ気持ちを持っているように思えまし た・・・・。
・・・・・( 中   略 )・・・・・
もし、あなたが弓子ちゃんのお母さんだったらどうします?
「どうして意地悪されて黙っているの! 嫌だったら、嫌ってはっきり言いなさい!」−そんなふうに言いませんか?でも「いや!」って言えな いからこそ弓子ちゃんは悩んでいるのです。
「がんばれ!負けるな!」と、励ます善意の気持ちは十分 にわかります。でも時には励ますことよりも一緒に涙を流すことの方がかえって力づける場合もあるの です。ただ黙ってそばで一緒に涙を流すことしかできなくても、苦しんでいる人にとっては「この苦し みをわかってくれる人がいる」と思えることが気持ちをラクにさせるのです。
いつでも、どこでも、どんなときでも、わたしのことを見ていてくださる。わかってくださる。そう いう阿弥陀さまがいてくださるということを聞いてゆくのが浄土真宗の信心です。 私がさびしいと仏さまもさびしい。私がさびしい時、阿弥陀さまも一緒にそのさびしさを背負ってく ださるというのです。そういう阿弥陀さまのお心が聞こえた時、本当の意味で私の心も癒されていくの です。
世の中では今、あれやこれやといろいろな「癒し」の方法がいわれていますが、本当の癒しは、阿弥 陀さまのお心を聞いてゆく中にあるのです。

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